2014年8月14日 (木)

七門徒

瀬部七門徒起源
ア 平泉山勝宝寺系譜並宝物 宗祖七百回御遠忌記念 (P1~4)
    
  (平泉山勝宝寺)(昭和43年6月)26世 平泉惇雄 27世 平泉賢昭
     瀬部七門徒起源
 宗祖親鸞聖人は法然様の教えに活眼、浄土真宗を御開きになり、あらゆる苦難を踏み
越え且つ体験を重ね、大衆の進むべきを論するため、越後より上野・下野・常陸と関東方
面に御巡回なされたのであります。
 丁度聖人尾張を経て美濃路に渡らんとせられたる時、木曽川増水のため渡河するに
危険であったのであります。
 此の時教へを受けていた信者は、早速聖人を御案内し今の美濃国正木村大浦附近に
着かれた様でした。(当の木曽川の流れを推定すれば最も信じられる)中にも御手伝いし
た七人の信者は、特に御慕い申し・・・京に上って聖人の御弟市子となり、浄土真宗の道
を学ばれたのであります。
 当時、聖人は六十二、三才の頃、即ち四條天皇、御堀河上皇様で執権は北條泰時、天
福・文歴年間と推定されます。
 其後七人の御弟子は、建長六年相前後、宗祖聖人の教えを弘め、迷える民衆を救わん
と決意され、覚證法師は下小田井、西方寺を、覚了法師は奥町、了泉寺を、玄了法師は、
西宝寺を、魁随坊は河端、勝宝寺を、真養坊は大日比野、運善寺を、閑善法師は富田、
聖徳寺を、西源寺さんは岩倉町、大山寺に各々堂宇を建て、日夜感謝の厳修と民衆指導
に砕身の努力をせられました。
  瀬部七門徒開基調
   開基  覚證法師 下小田井、渡河山 西方寺
   開基  覚了法師 奥町    太子山 了泉寺
   開基  玄了法師 奥町    鈴仏山 西宝寺
   開基 魁随坊 河端 平泉山  勝宝寺
 開基  真養坊   大日比野 寿命山  運善寺
   開基  閑善上人 富田~苅安賀~名古屋富沢町 
                      七宝山 聖徳寺
 開基 寺宝 親鸞聖人より拝領 九字名号・十字名号 保存
       小牧 宝幢山  西源寺 (元岩倉町大山寺灰盡後小牧に西源寺復興す)

臼台祭

  瀬部臼台祭(せべうすだいまつり)

  一宮市指定無形民俗文化財(平成22年7月21日一宮市教育委員会指定)
  毎年8月第3土曜日(雨天予備日:翌日の日曜日)午後7時より午後9時まで 瀬部八劔
 社・観音寺境内で開催
  聖武天皇の御代、(奥琵琶湖の)竹生島(ちくぶしま)から境内の大銀杏(おおいちょう)
  に飛来した観音様の仏頭を碾き臼(ひきうす)の上に仮安置し、祀ったという。
     山車の上には、真柱に1年の月と日を表す12個(うるう年は13個)の提灯を掲げ、
  そのまわりに365個の提灯に火が入り、笛と太鼓のお囃子に合わせて、挽き臼を挽くが
     如く、提灯が回転する。

 臼台祭(瀬部観音寺及び八劔社の祭礼)

  数年前までは旧暦の7月10日に開催されて来きました。平成28年度より8月第3土曜
日(雨天予備日:翌日の日曜日)の夜に開催されます。
  7月10日は観音様の命日であり、此の日に観音様にお参りすることは、九万九 千日お
祭りしたほどの御利益があるといわれるので、此の日に開催してきました。
  徳川時代は神仏混合社であり、八劔社は観音寺の控宮でしたが、明治になり神・仏が
 分けられ現在に至っております。
  此の臼台祭も、もとは観音様の祭礼でしたが、神・仏が分けられてから、寺の祭礼として
 警察の許可を取ることができなくなりましたので、山車に扇形のアンドンを取り付け、それ
  に八劔社と大書し、八劔社の祭礼のような形をとって許可を得て行って来ました。そうした
 経緯から、今は八劔社と観音寺の両方の祭礼になっております。

臼台祭記録集 資料編より抜粋

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八劔社・末社・里宮

瀬部町内神社
八劔社=本祭(毎年10月第3日曜日)

 八劔社
     御祭神:八劔社(8本の剣が御神体)(はっけんしゃ・やつるぎしゃ)
     熱田神宮別宮
    土地:八劔社境内地
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 八劔社・末社・里宮=上祭(御巫女)
  
(毎年10月下旬13:00~14:30) 

① 中島社(中島)
   御祭神:天照大御神=天照皇大神宮の御札(伊勢神宮内宮)
    土地:地縁団体「中島町内会」
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② 上之郷社(上之郷)
     御祭神:天王社(津島神社=天王社の総本宮)=建速須佐之男命
    (たけはやすさのみこと)=津島神社神札(木札)
    土地:地縁団体「上之郷町内会」
           P1000098_2

③ 八幡社(四日市場) 
    御祭神:鶴岡八幡宮(八幡神)(やはたのかみ・はちまんじん)
土地:個人(平田  ? )
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④ 四日市場社(四日市場)
     御祭神:津島神社の御札(=天王社の総本宮)=建速須佐之男命
    (たけはやすさのみこと)=津島神社神札(木札)
     土地:四日市場の代表者名義(10年毎に名義変更)
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⑤ 下市場社(下市場)
    御祭神:本尊=木坐像(奈良の大仏似)
          八幡宮社の新しそうな木札有、他にも各種木札有
     土地:個人(尾関律子)
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⑥  八劔社末社(10社)
     土地:八劔社境内地
  ・神明社
    八咫鏡・天照大御神(木札)、皇大神宮:内宮、天照大御神 
    (あまてらすおおみのかみ)、天照皇大神宮)(紙札) 
  ・天王社
    津島神社神札(木札)、建速須佐之男命(たけはやすさのみこと)
    津島神社神札(木札)
  ・秋葉社
    秋葉山本宮秋葉神社、火之迦具土大神(かのかぐつちのおおかみ)
    正一位秋葉神社(木札)
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               ↑        ↑     ↑
              秋葉社     天王社   神明社

  ・天神社
    北野天満宮、菅原道真(すがわらみちざね)(学問の神)
    北野天満大神(紙札)
  ・西ノ社
    八咫鏡・豊受大御神(木札)、豊受大御神(とようけおおみかみ)
豊受大神宮:外宮
  ・熱田社

    熱田神宮、熱田大神(あつたのおおかみ)、熱田神宮(木札)         
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                ↑                   ↑       ↑
              熱田社      西ノ社    天神社

  ・冨士社
     尾張富士大宮浅間神社、木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)
    (子供の守護神)、尾張富士大宮浅間神社(紙札)
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  ・猿田彦社
     石像、猿田彦神社、猿田彦大神
  ・馬頭観世音
     石像、馬頭観音、馬頭観音菩薩(仏教の菩薩の一尊)
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                   ↑              ↑
                                    馬頭観音          猿田彦社

  ・源太夫社(旧称)-上知我麻社(現称)
     上知我麻神社、乎止興命(おとよのみこと)(商売繁盛・家内安全を願う)
     (初えびす)、智恵の神様(智恵の文殊さま)(熱田神社境内)
     上知我麻神社(木札)
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⑦ 八劔社本殿
     御祭神:八劔社(8本の剣が御神体)(はっけんしゃ・やつるぎしゃ)
     熱田神宮別宮
     土地:八劔社境内地
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瀬部町内神社関係の本社・本宮
【皇大神宮:内宮】(こうたいじんぐう:ないぐう)
  御祭神:天照大御神(あまてらすおおみのかみ)(総氏神)
  御鎮座:垂仁天皇26年、約2ケ年前、崇神天皇の御代に皇居をお出になり、各地をめぐ
       られたのち、五十鈴川のほとりにお鎮まりになりました。
〒516-0023 伊勢市宇治館町1
          神宮司庁 0596-24-1111
【豊受大神宮:外宮】(とようけだいじんぐう:げぐう)
  御祭神:豊受大御神(とようけおおみかみ)
  御鎮座:雄略天皇22年、豊受大御神は、お米はじめ衣食住の恵みをお与えくださる産
       業の守護神です。丹波の国から天照大御神のお食事をつかさどる御饌都神と
        してお迎えした。
〒516-0023 伊勢市宇治館町1
          神宮司庁 0596-24-1111
【熱田神宮】(あつたじんぐう)
  三種の神器の1つ・草薙剣(くさなぎのつるぎ)を祀る神社として知られる。
 ただし、剣は壇ノ浦の戦いで遺失したとも熱田神宮に保管されたままともいわれている。
御祭神:熱田大神(あつたのおおかみ)
      (相殿)
       天照大神(あまてらすおおみのかみ)
       日本武尊(やまとたけるのみこと)
 旧 称:熱田神社、熱田社
 鎮座地:〒456-0031 名古屋市熱田区神宮1丁目1-1 熱田神宮 052-671-4151
  由 緒:三種の神器の1つ・草薙剣(くさなぎのつるぎ)を御神体として祀り、伊勢神宮に次
      ぐ由緒をもつ大社とされる。
八劔宮(はっけんぐう)(熱田神宮の別宮):⇒瀬部八劔社
 御祭神:八劔宮
       本宮(熱田神宮)と同じ御祭神
 鎮座地:〒456-0031名古屋市熱田区神宮1丁目熱田神宮境内熱田神宮052-671-4151 
 由 緒:別宮八劔宮は、和銅元年(708)元明天皇の勅命によって、神剣を作り納め祀っ
       たことに始まる。
旧称【源太夫社】(げんだゆうしゃ)、現称【上知我麻神社】(かみちかまじんじゃ)
  御祭神:乎止興命(おとよのみこと)(商売繁盛・家内安全を願う)(初えびす)、
        智恵の神様(智恵の文殊さま)(熱田神社境内)
 鎮座地:〒456-0031名古屋市熱田区神宮1丁目熱田神宮境内熱田神宮052-671-4151 
 由 緒: 源太夫社(上知我麻神社)は、東海道と美濃路の分岐する追分に建てられて
        いた。知恵の神様として「知恵の文殊(もんじゅ)さま」と呼ばれて崇拝されている。
【神明社】 (しんめいしゃ)
 天照大神または伊勢内外宮の神をまつった神社。神明宮,神明神社,太神宮,伊勢宮
  (いせみや)などともいう。神明とは神と同義で,平安時代末期ごろから天照大神をさす語
【天王社】(てんのうしゃ)
  建速須佐之男命を主祭神とし、大穴牟遅命(大国主)を相殿に祀る。
津島神社(つしまじんじゃ)は、津島市にある神社で、東海地方を中心に全国に約3千社
ある津島神社・天王社の総本社であり、その信仰を津島信仰という。
   〒486-0927 津島市神明町1 津島神社0567-26-3216 
【秋葉神社】(あきばじんじゃ)
地方によっては「あきはじんじゃ」とも読まれる。全国に点在する神社で、神社本庁傘下
だけで約400社ある。殆どの祭神は神仏習合の火防(ひよけ)・火伏せの神として広く信仰
された秋葉大権現(あきはだいごんげん)現在の秋葉山本宮秋葉神社を起源とする。
  〒437-0693 静岡県浜松市天竜区春野町領家841
                    秋葉山本宮秋葉神社 053-985-0111(上社) 053-985-0005(下社)
【天神社】(てんじんしゃ)
天神信仰(てんじんしんこう)は、天神(雷神)に対する信仰のことである。特に菅原道真
「天神様」として畏怖・祈願の対象とする神道の信仰のことをいう。
本来、天神とは国津神に対する天津神のことであり特定の神の名ではなかったが、道真
が死後火雷天神と呼ばれ雷神信仰と結びついたことなどを由来とし、道真の神霊に対
する信仰もまた天神信仰と称するようになった。
北野天満宮と太宰府天満宮はそれぞれ独立に創建されたものであり、どちらかがどちらか
から勧請を受けたというものではない。そのため、北野天満宮と太宰府天満宮では「総本
社」「総本宮」という呼称は用いず、「天神信仰発祥の地」という言い方をしている。
天満宮は「天神さま」「天神さん」と呼ばれる。天満神社、天神を祀ることから天神社となっ
ている。
  〒602-8386 京都市上京区馬喰町 北野天満宮社務所 075-46-0005
【西ノ社】(にしのしゃ)
  豊受大神宮(外宮)の御祭神:豊受大御神(とようけおおみかみ)を祀った。
  お米はじめ衣食住の恵みをお与えくださる産業の守護神です。
【熱田社】(あつたしゃ)
主祭神:熱田大神 (あつたのおおかみ)三種の神器の1つ草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)
を神体とする天照大神を指すとしている。
熱田神宮の旧称:熱田神社、熱田社
  〒456-0031 名古屋市熱田区神谷1-1-1 熱田神宮 052-671-4151
【尾張富士 大宮浅間神社】(おわりふじ おおみやせんげんじんじゃ)
預け子発祥の神社、子供の守り神。東に入鹿池、西に濃尾平野を見下ろす尾張の富士山
に鎮座する大宮浅間神社。
 ご祭神は、木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)で子供の守護神であることから 
「預け子発祥の神社(やしろ)」と呼ばれる。
尾張富士大宮浅間神社のご祭神木花開耶姫命様は焔が燃えさかる産屋にて3人の御子
さま(火照命、火須勢理命、火々出見命)を安産されました。その後御子さまたちは木花
開耶姫命さまのご加護を受けて健やかに成長されました。
   〒484-0057 犬山市冨士山3 尾張富士大宮浅間神社 0568-0037
【猿田彦神社】(さるたひこじんじゃ)
伊勢神宮内宮の近くにある神社である。猿田彦大神と、その子孫の大田命を祭神とする。
【馬頭観音】(ばとうかんのん)
馬頭観音菩薩で仏教の菩薩の一尊
【十一面観世音菩薩】(じゅういちめんかんぜおんぼさつ)
十一面観世音菩薩で仏教の菩薩の一尊
【八幡社】(はちまんしゃ)

  八幡神(やはたのかみ・はちまんじん)を御祭神とする。
  〒486-0927 春日井市柏井町2-31-1 八幡社 0568-83-2318

町内会規約

 瀬部町内会規約(平成26年2月13日認可)    
      第 1章   総則      
    (目的)
第1条 本会は、次に掲げる事業を行い、良好な地域社会を形成し、及び維持する
  ことを目的とする。
 (1)  回覧板の回付等区域内の住民相互の連絡に関すること。
 (2)  美化・清掃等区域内の環境の整備に関すること。
  (3)  集会施設の維持管理に関すること。
  (4)  臼台祭りの実施及び継承に関すること。
  (5)  住民の親睦融和に関すること。
  (6)  生活基盤の整備に関すること。
  (7)  その他町内会が必要とすること。
  (名称)
第2条 本会は、瀬部町内会と称する。
  (区域)
第3条 本会の区域は、一宮市瀬部の区域とする。
 (事務所)
第4条 本会は、事務所を一宮市瀬部字大門53番地の1に置く。
     第2章 会員
  (会員)
第5条 本会の会員は、第3条に定める区域に住所を有する個人とする。
2  本会は、正当な理由なく、前項に規定する者の加入を拒むことができない。
3  本会の区域に事務所を有する法人又は団体は、本会の表決権を有しない賛助
 会員となることができる。
 (会費)
第6条 会員は、総会において別に定める会費を納入しなければならない。 
 (入会)
第7条 第3条に定める区域に住所を有する個人で本会に入会しようとする者は、 
 別に定める入会届を町内会長に提出しなければならない。
   (退会等)
第8条 会員が次の各号のいずれかに該当するに至ったときは、退会したものとみ
 なす。
 (1)  第3条に定める区域内に住所を有しなくなったとき。
 (2)  本人から別に定める退会届が町内会長に提出されたとき。
   会員が死亡し、又は失踪宣告を受けたときは、その資格を喪失する。
     第3章 役員
 (種別及び選任)
第9条 本会に、次の役員を置く。
  (1)  顧問            1人
 (2)  町内会長       1人  
  (3)  副町内会長     2人 
  (4)  町会長         5人
 (5)  土木委員長     1人
  (6)  副土木委員長   1人 
  (7)  公民館長        1人 
  (8)  副公民館長      1人 
 (9)  書記            1人 
(10)  会計             1人 
(11)  監事              2人 
2  役員は、総会において選任する。
3  監事とその他の役員とは相互に兼ねることができない。
    (職務)
第10条 顧問は、町内役員の相談に応じる。
2  町内会長は、本会を代表し、会務を統括する。
3  副町内会長は、町内会長を補佐し、町内会長に事故あるとき、又は町内会長
   が欠けたときは、町内会長があらかじめ指名した順序によって、その職務を代行
   する。
   町会長は、会務に参画し、本会の運営に協力する。
5  土木委員長は、土木に関することを統括する。
6  副土木委員長は、土木委員長を補佐し、土木委員長に事故あるとき、又は土
  木委員長が欠けたときは、その職務を代行する。
7  公民館長は、公民館の維持管理を統括する。
8  副公民館長は、公民館長を補佐し、公民館長に事故あるとき、又は公民館長
  が欠けたときは、その職務を代行する。
9  書記は、総会及び役員会の議事を記録する。
10 会計は、本会の出納事務を処理し、会計事務に関する帳簿及び書類を管理
   する。
11   監事は、次の職務を行なう。
 (1)   本会の財産の状況を監査すること。
 (2)   他の役員の業務執行の状況を監査すること。
 (3)   財産の状況又は業務執行について不正の事実を発見したときは、これを総
   会に報告すること。
 (4)   前号の報告をするために必要があるときは、総会の招集を請求し、又は招
   集すること。
    (任期)
第11条 役員の任期は、1年とする。ただし、補欠の役員の任期は、前任者の残任
  期間とする。
   役員は、再任されることができる。
   役員は、辞任し、又は任期が満了した場合においても、後任者が選任される
  まで、その職務を行なわなければならない。
    第4章 総会
   (種別)
第12条 本会の総会は、通常総会及び臨時総会の2種とする。
   (構成)
第13条 総会は、会員をもって構成する。
   (権能)
第14条 総会は、この規約に別に定めるもののほか、次に掲げる事項を議決する。
 (1)   事業計画の決定
 (2)   事業報告の承認
 (3)   前2号に掲げるもののほか、本会の運営に関する重要な事項
    (開催)
第15条 通常総会は、毎年4月に開催する。
2  臨時総会は、町内会長が必要と認めたとき、総会員の5分の1以上から会議の
  目的たる事項を示して請求があったとき、又は監事が第10条第11項第4号の規
 定により請求し、若しくは招集したときに開催する。
   (招集)
第16条 総会は、監事が第10条第11項第4号の規定により総会を招集する場合を 
   除き、町内会長が招集する。
2   総会を招集するときは、会員に対し、会議の目的たる事項及びその内容並び
   に日時及び場所を示して、開会の日の5日前までに文書をもって通知しなけれ
   ばならない。
   (議長)
第17条 総会の議長は、その総会に出席した会員の中から選任する。
   (定足数)
第18条 総会は、会員の2分の1以上の出席がなければ、開会することができない。
   (議決)
第19条 総会の議事は、この規約に別に定めるもののほか、出席した会員の過半
   数をもって決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。
    (会員の表決権)
第20条 会員は、総会において、それぞれ1箇の表決権を有する。
   前項の規定にかかわらず、次のいずれにも該当する場合には、会員の表決権
 を会員の属する世帯の会員数分の1とする。
 (1)   規約の変更を伴わないこと。
 (2)   解散、財産の処分その他の重要な事項でないこと。
 (3)   総会において、会員それぞれが1箇の表決権を行使すべきものとして特に
   決定された事項でないこと。
    (書面表決等)
第21条 やむを得ない理由のため総会に出席できない会員は、あらかじめ通知さ
 れた事項について、書面をもって表決し、又は他の会員を代理人として表決を
  委任することができる。この場合において、第18条及び第19条の規定の適用に
   ついては、その会員は、出席したものとみなす。
    (議事録等)
第22条 総会の議事については、次の事項を記載した議事録を作成しなければな
 らない。
 (1)   日時及び場所 
 (2)   会員の現在数及び出席者数(書面表決者及び表決委任者を含む。)
 (3)   議決事項
 (4)   議事の経過及び要領並びに発言者の発言要旨
 (5)   議事録署名人の選任に関する事項
2  議事録には、出席した会員の中からその会議において選任された議事録署名
 人2人以上が議長とともに署名及び押印をしなければならない。
      第5章 役員会
    (構成)
第23条 役員会は、役員(監事を除く。以下この章において同じ。)をもって構成す
  る。
   (権能)
第24条 役員会は、この規約に別に定めるもののほか、次の事項を議決する。
 (1)   総会に付議すべき事項
 (2)   総会の議決した事項の執行に関する事項
 (3)   前2号に掲げるもののほか、総会の議決を要しない会務の執行に関する事
   
   (開催)
第25条 役員会は、町内会長が必要と認めたとき、又は役員の2分の1以上から会
  議の目的たる事項を示して請求があったときに開催する。
   (招集)
第26条 役員会は、町内会長が招集する。
   役員会を招集するときは、役員に対し、会議の目的たる事項及びその内容並
 びに日時及び場所を示して、開会の日の5日前までに文書をもって通知しなけれ
 ばならない。
   (議長)
第27条 役員会の議長は、町内会長がこれに当たる。
   (定足数等)
第28条 役員会には、第18条、第19条、第21条及び第22条の規定を準用する。こ
  の場合において、これらの規定中「総会」とあるのは「役員会」と、「会員」とあるの
  は「役員」と読み替えるものとする。
       第6章 資産及び会計
    (資産の構成)
第29条 本会の資産は、次に掲げるものをもって構成する。
  (1)  会費
 (2)  寄付金等
 (3)  不動産
 (4)  事業に伴う収入
 (5)  資金又は不動産から生ずる収入
 (6)   前各号に掲げる資産以外の資産
    (資産の管理)
第30条 資産は、町内会長が管理し、その方法は、役員会の議決により定める。
    (経費の支弁)
第31条 本会の経費は、資産をもって支弁する。
    (予算及び決算)
第32条 本会の収支予算は、毎会計年度開始前に総会の議決により定め、収支決
  算は、毎会計年度終了後3月以内にその年度末の財産目録とともに監事の監査
  を経て、総会の承認を得なければならない。
2  前項の規定にかかわらず、年度開始後に予算が総会において議決されていな
 い場合には、町内会長は、総会において予算が議決される日までの間は、前年度
 の予算を基準として収入及び支出をすることができる。
  第1項の規定にかかわらず、町内会長は、翌年の会計年度開始前の総会にお 
 いて、当該総会の招集される日の属する月の前月の末日までの間に係る決算を、
 当該期間に係る財産目録とともに監事の監査を経て、総会の承認を求めることが
 できる。この場合において、町内会長は、総会の招集された日の属する月の初日
 から会計年度終了までの間に係る決算について、当該期間に係る財産目録とと
 もに監事の監査を経て、当該会計年度終了後初めて招集される総会において報
 告し、総会の承認を求めなければならない。
    (会計年度)
第33条 本会の会計年度は、毎年4月1日に始まり、翌年3月31日に終わる。
      第7章 規約の変更及び解散
    (規約の変更)
第34条 この規約は、総会において、総会員の4分の3以上の同意を得、一宮市長
 の認可を受けなければ、変更することができない。
   (解散及び残余財産の処分)
第35条 本会は、地方自治法第260条の20の規定により解散する。
2  総会の議決に基づいて解散する場合は、総会員の4分の3以上の同意を得な
  ければならない。
   解散に伴う残余財産の処分は、総会において総会員の4分の3以上の同意を
  得て決定するものとする。
       第8章 雑則
    (備付け帳簿及び書類)
第36条 本会の事務所には、次の帳簿及び書類を備えておかなければならない。
   (1) 規約
   (2) 会員名簿
   (3) 役員名簿
   (4) 認可、登記等に関する書類
   (5) 総会及び役員会の議事録
   (6) 収支に関する帳簿及び証拠書類
   (7) 財産目録その他の資産の状況を示す書類
   (8) 前各号に掲げるもののほか、本会の運営に必要な帳簿及び書類
    (委任)
第37条 この規約の施行に関し必要な事項は、総会の議決を経て、町内会長が別
  に定める。
      附 則(平成26年2月13日認可)
1   この規約は、一宮市長の認可のあった日から施行する。
2  本会の設立初年度の役員の任期は、第11条第1項の規定にかかわらず、設立
  認可のあった日から平成26年3月31日までとする。
3  本会の設立初年度の事業計画及び予算は、第32条の規定にかかわらず、設立
  総会の定めるところによる。
4  本会の設立初年度の会計年度は、第33条の規定にかかわらず、設立認可のあ
   った日から平成26年3月31日までとする。

歴史

歴史
 ア 日本歴史地名大系第23巻(愛知県の地名)(P388~389) 
   (発行者;株式会社 平凡社)(発行日;1981年11月30日初版第1刷)
  瀬部村 現 一宮市
    時之島村の北方にあり、西は東浅井村に接する。「寛文覚書」によると、本
  田概高508石余、家数81、人数544の村。元和6年(1620)には阿部河内   
  守42石余の給知のほかは蔵入地であった。田畑62町1反4畝余のうち60町
  7畝余は畑で占めている。給人阿部氏は幕末まで給知を維持し、「湯淋之地」
  として村内に家を構えていた。同書に「当村家職籠作り。但御用之節、籠作人
  足出、御扶持万被下ル」とあり、「瀬部の籠」の特産地として知られる。藩から
     「御用」として河川補修の際の石籠の制作を命じられることが多い。「徇行記」
  にも「此村籠細工ヲ生産トスル者多シ、慶長14酉年北方村中二テ木曽川堤
  決壊ノトキ、瀬部村ノ人来テ石籠ヲ造リシ」という、その商い高もおおよそ「百
  両ノ余モ交易スルナリ」とあり、慶長以来の籠作りの技術で、藩の治水工事に
  大きな役割を担った。  
    この村は、集落が本郷・中島・下市場・四日市場・上ノ郷・大門新田などと分
  散し、東西に長い村である。「徇行記」には「此村ハ畠ハカリノ所ニテ荏・大豆
  ヲ専ら作レリ、高ニ準シテハ戸口多ク佃力足レリ、大体、村立ハヨクシテ竹木
  茂リ、殊二竹生立ヨキ所ナリ」とある。家数155、人数748とあるから、高に比
     して戸口の多いのは、農業外収入の多かったことを示すのであろう。さらに籠
     だけでなく「箱ヲ造り名古屋又ハ知多郡辺へ多クウリツカハセリ」「糸繭ヲ製シ
     濃洲関アタリヘ多ク送リツカハスト也」とある。
イ 一宮郷土読本(一宮市教育研究会)
   (発行者;一宮市教育研究会会長)(発行日;昭和31年10月30日)
  P93 人口及び飼い馬の変化「尾張絢行記」より」
  瀬部:寛文12年 人口544 馬 7、文化14年 人口748 馬 5 
ウ 高齢者教養講座資料より
    一宮市博物館事務局 学芸員 石黒 智教氏 
    (平成25年9月6日 東時之島公民館にて)
  (ア)「寛文村々覚書」にみる瀬部村
   ・概高508石6斗4升2合、田畑60町6反4畝3歩(田 5反6畝28歩・畑60
    町7畝5歩)、新田(概高13石1斗 3合・田 1町5反19歩)
   ・家数81軒、人数544人(男300人・女244人)、馬数9疋
   ・禅宗下津正眼寺末寺永昌山観音寺内5畝歩備前除(内観音堂1宇)、社2
    ケ所神明・富士社内2反2畝歩前々除
   ・板橋2ケ所、御留川2ケ所
   ・家職籠作り
   ・給人起田畑15町7反7畝7歩(田7反29歩・畑15町6畝8歩)
   ・松山4町(西山・前河原山・松竹境 山・時之嶋浦・藤塚山・もろた山)
 (イ)「尾張徇行記」にみる瀬部村   

   ・総計高521石7斗4升5合、阿部肥前采地
   ・日観寺 当寺書上に境内4反9畝余御除地、此村の地頭阿部能登守正寛
    代、宝永七寅年知多郡篠島松寿寺の末寺一葦軒といへる禅寺、廃壊せし
    により其寺を此地に引移s、日蓮宗に改め日観寺と号すなり。
   ・観音寺 当寺書上に、境内6反6歩御除地、此寺は往昔応仁の兵火に悉く
    炎焼す、去により草創の由来亡失せり、中興開山は正眼寺第25世日山和
    尚なり、延宝2甲寅年主僧用誾観音堂を再建すと也
   ・社2ケ所 観音寺、書上に八劔宮社内3反3畝7歩、冨士権現社内1反2畝
    歩前々除、此2社共に文安元甲子年勧請す、神明社内1反7畝歩前々除、
    此社は元亀元夷午年歓請なり。
   ・阿部氏宅
   ・篭細工 此村篭細工を生産とする者多し、慶長14酉年北方村中にて木曽
    川堤決壊のとき、瀬部村の人来て石篭を造りしとなり。
   ・東西12町22間、南北6町12間(東松竹村、島宮村、南時之島村、西東浅
    井村、北端村、小日比野村)
   ・家数155口、人数748人、馬5疋
   ・此村落は、東西へ長き所にて7区に分かれ四方に散在す。本郷、中島、下
    市場、四日市場、上ノ郷、大門、新田と云う。此村は、畑ばかりの所にて荏
    大豆を専ら作れり、高に準しては戸口多く佃力足れり、大体村立はよくして
    竹木茂り、殊に竹生立よき所なり、農業の余力には前条にも記す如く、往
    昔より竹細工を専ら生産の援けとす。第一に梢(竹冠)を造り名古屋又は
    知多郡辺へ多く売りつかはせり、又蚕飼をし、糸繭を製し濃州関あたりへ
    多く送りつかはすと也、竹細工物は年中に大凡100両の余と交易する由

(ウ)「尾州丹羽郡覚書帳」(所蔵:徳川林政史研究所)

   瀬部の竹細工 ~近世から近代~
   ・ 文正2年(1467)、京都上御霊社内で畠山政長と畠山義就との私闘が起
    りました。郡書類従本「応仁記 巻第一」御霊合戦之事の落書きに
    「無性ナル竹ヲ頼テ尾張籠クムヨリ早クフチソハナル」
    と、「尾張籠」とあるように15世紀中頃、室町時代には、その名が知られて
    いました。
     特に、現在の江南市から一宮市にかけては松竹郷とも呼ばれ、古くから
    竹がおい茂り、この地域では江戸時代から籠や筏などの竹製品を作ってい
    ました。ここで取り上げる丹羽郡瀬部村(現一宮市)もその一村で江戸時代
    初期頃から竹細工を作っていました。しかしながら、その様相は、わかって
    いません。ここでは、江戸時代の文献をもとに、瀬部村の竹細工を概観した
    いと思います。
  ・ 文献から見る瀬部の竹細工 ~江戸時代~
     寛文年中(1670前後)に編纂された「寛文村々覚書」(以下「覚書」と表記)
    と江戸時代後期の尾張藩領内の各村々について記した「尾張徇行記」(以下
    「徇行記」と表記)から籠作りに関連する記事をみていくと
   (1) 家職として籠作りをし、夫役の際に籠作りの人足を出す村と、
   (2) 夫役の際だけに、籠作りの人足を出す村がある、
   (3) 「徇行記」には竹製品の具体的な名前が出てくる
      (「竹冠に梢」「荷ヒ鋏箱下地ノ箱」「商ヒ荷物ヲツメル皮篭」)
    などの点がわかります。江戸時代を通じて竹細工をしていた村は、瀬部村、
    東野村と和田勝佐村(現江南市)です。「覚書」には記載されていませんが、
    「徇行記」の頃には柚木颪村(現一宮市)においても行われていました。
     では、瀬部村の竹細工は、いつ頃から行われ始めたのでしょうか。確かな
    ことはわかりませんが、「尾張名所図会」(以下「図会」と表記)後編巻六「名
    産竹篭」の項によると、「尾張の竹籠は450年前よりの名産」とあります。こ
    こにおける「尾張の竹籠」が、この瀬部村を中心とする地域で作られた「竹籠」
    を指しているのかはわかりませんが、先にみたようにすでに室町時代、尾張
    において籠作りが盛んであったことは考えられます。
     一方、寛永19年(1642)の奥書をもつ「清須翁物語」(名古屋市蓬左文庫
    蔵・写本)によれば、豊臣秀吉が天正18年(1590)、小田原城を攻める際に
    矢を入れて背負う大きな空穂を熱田の空穂作りと瀬部の籠作りに共同で作
    られたとあります。また「徇行記」には、慶長14年(1609)北方村(現一宮市
    北方町)の木曽川の堤防が決壊した際に、瀬部村の人が来て石籠を作った
    とあります。石籠(蛇籠)は、竹で作った籠の中に石を入れたもので、それを
    積み上げて「猿尾」という堤防を作っていました。その図が「図会」に草井大猿
    尾」として載っています。
     このように、製品としての籠がある一方で、治水事業として必要な籠であった
    こともわかります。これらのことから、瀬部村では、少なくとも16世紀末あるい
    は17世紀初頭から籠作りが盛んであったと考えることができます。
     さらに、宝暦2年(1752)成立の「張州府志」(名古屋市蓬左文庫蔵)丹羽郡
    土産の項に、瀬部村の「竹器」とあり、すでに18世紀中頃には、その名が広く
    知られていたことがわかります。また、安永年間(1772~81)頃成立の「安永
    本邦萬姓司記 巻之上」という本の「諸物名地」という項では、籠作りの名所と
    して瀬部むら、松竹村、東野村、島宮村が挙げられ、これらの村で作られた籠
    は古くから総称して「瀬部籠」と言われてまいりました。文化13年(1816)の
    「尾張地名考」には瀬部村「竹細工米揚笊」、島宮村「竹笊」、東野村「竹細工
    あじろ組品々」、和田勝佐村「箕」と、村によって作る品が異なっていたことがわ
    かります。瀬部村や東野村などでも良質な竹が生育しており、竹細工に向いて
    いましたが、瀬部村は北小渕村、東野村は時之島村から竹を買い取っていたこ
    とが「徇行記」からわかります。
     なにより、瀬部の竹細工が広く一般に知られるようになったのは、一宮の三八
    市や起の六斎市などで流通したことによってその知名度が広がっていったと考
    えられます。「図会」の「青物市図」や「一言月並市図」、「切干を製する図」など
    に描かれている籠などは、もしかしたら瀬部村などで作られたものかも知れま
    せん。
     また、天保12年(1841)の起村「村方願留」(林家文庫)に綴じられている。
    「六斎市四九に変更達ならびに売物」の中の六斎市で売られていた商品覚書
    一覧によると、「一 いかき、み、かごの類」とあります。これらの商品がどこで
    作られていたことかはわかりませんが、瀬部村や東野村などで作られていたも
    のでしょうか。
     さらに、江戸時代後期になると、消費者の商品に対するブランド志向の傾向
    が見られるようになり、商品や名物を番付した「番付表」が江戸や大坂、京都
    などで多く作られるようになります。天保7年(1836)に発行された「尾陽名物」
    (徳川林政史研究所蔵)には、三段目東方前頭は「瀬部いかき」西方前頭は「矢
    合植木」とあります。また、蒼竜園戯によって作られた「鯱名物」(徳川林政史研
    究所蔵)にも「尾陽名物」同様に、三段目東方前頭は、「瀬部いかき」、西方前頭
    は、「矢わせ杉苗」とあります。また、「尾張名物集」(徳川林政史研究所蔵)には
    三段目東方前頭は「いしき蛤」、西方前頭に「せべいかき」とあり、それほど高い
    位ではありませんが、江戸時代を通じて「瀬部いかき」として広く有名であったこ
    とがわかります。

   明治・大正時代の竹細工
   ・ 最後に明治・大正時代の竹細工について触れておきます。明治5年(1872)
    の三八市「商品別統計表」をみると、竹籠を売る店が2軒、箕を売る店が3軒
    ありました。また大正3年(1914)~大正6年に作成された丹羽郡西成村役場
    「農商務統計報告綴」では、明治45・大正元年(1912)の統計報告によると籠
    を7万個製作し、生産高は、4,200円、製造戸数120戸で全ての職人が男性
    でありました。大正3年頃には、1万個、生産高は、5,000円で、製造戸数は、
    110戸と減少し、大正5年(1916)になるとさらに製造戸数は95戸と減少して
    いることがわかります。






             P1000505
      P1000412
      
      P1000413      
            

 
 

   
  
 
 

位置

・瀬部は、愛知県の北西部の一宮市の北東部の江南市境の町内です。

P1000506

P1000508

現況

ア世帯・人口

 
  現 在         一     宮     市
世帯数 人口計      男     女
H26.4.1 150,754 386,429 189,331 197,098
H25.4.1 148,759 386,447 189,379 197,068
H17.4.1 133,401 377,216 185,091 192,125
現 在       西           成
世帯数 人口計      男     女
H26.4.1 13,447 35,102 17,245 17,857
H25.4.1        
H17.4.1 11,969 34,535 17,016 17,519
現 在     瀬           部
世帯数 人口計     男     女
H26.4.1 1,392 3,878 1,906 1,972
H25.4.1        
H17.4.1 1,231 3,722 1,819 1,903